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東京高等裁判所 平成10年(ラ)652号 決定 1999年1月22日

抗告人

甲野一郎

右代理人弁護士

石川正明

森徹

主文

一  原決定を取り消す。

二  横浜地方裁判所川崎支部が同裁判所平成六年(ケ)第一九六号不動産競売事件において別紙物件目録記載の土地建物につき平成九年一一月二六日にした買受人を抗告人とする売却許可決定を取り消す。

理由

一  本件執行抗告の趣旨及び理由

右は、別紙「執行抗告状」及び「抗告理由書」に各記載のとおりであり、その要旨は、平成九年一一月二六日、横浜地方裁判所川崎支部が主文掲記の不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)において、主文掲記の土地建物(以下、それぞれ「本件土地」又は「本件建物」といい、これを合わせて「本件不動産」という。)について、四六〇一万円の最高価で買受けの申出をした抗告人に対してその売却を許可した主文掲記の売却許可決定(以下「本件売却許可決定」という。)は、本件土地が宅地造成等規制法(以下「法」という。)三条一項所定の宅地造成工事規制区域内に所在していて、宅地造成工事の施工については法に規定された神奈川県知事の許可を受けているものの、右許可を受けて施工し完了した宅地造成工事については、現在に至るまで、法で必要とされる同県知事の工事の完了検査を受けていないため、今後、本件土地において建築物を建築するには、法及び建築基準法等の法規制に適合するように擁壁工事をし直さなければならず、そのため、多額な費用を要することを看過し、抗告人も右事実を知らずに右買受けの申出をしたものであることを理由に、原決定を取り消した上、民事執行法七五条一項に基づき、本件売却許可決定の取消しを求めるものである。

二  当裁判所の判断

1  記録によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件土地は、南側及び東側が公道、西側が私道にそれぞれ面する不整形な土地であり、北側が高く南側に向けて傾斜し、もともと、その間の高低差は最大約六メートルであり、法三条一項の宅地造成工事規制区域(宅地造成に伴い災害が生ずるおそれの著しい市街地又は市街地となろうとする土地の区域で、建設大臣が関係都道府県(指定都市の区域内の土地については、指定都市)の申出に基づき指定した区域)内に存し、現にその周囲には、最大高約三メートルの擁壁が構築されている。

(二)  本件土地については、昭和五〇年九月一八日、法八条一項による神奈川県知事の宅地造成工事の許可(許可番号第四四号)を得て宅地造成工事が施工され、右工事は完成しているにもかかわらず、法一二条一項による同知事の宅地造成工事の完了検査を受けておらず、したがって、その旨の検査済証の交付(同条二項)がなく、また、本件建物については、同年一一月一三日、建築基準法六条三項による建築確認通知(建築番号五〇―一〇六七)を受け、登記簿上、昭和五一年四月一日新築とされているが、同法七条による建築物に関する検査を受けていない(右宅地造成工事の完了検査を受けていない造成された宅地については、都道府県知事は、当該宅地の所有者、管理者若しくは占有者又は造成主に対して、当該宅地の使用を禁止し、若しくは制限し、又は相当の猶予期限をつけて、擁壁若しくは排水施設の設置その他宅地造成に伴う災害の防止のため必要な措置をとることを命ずることができ(法一三条三項)、右各規制に違反した者に対しては、法二三条により罰則の適用がある。)。

(三)  本件土地において、新たに建築物の建築を行う場合には、建築基準法六条、八八条一項により、建物とともに改めて擁壁の安全性が建築確認の対象となるが、擁壁については、法一二条一項の宅地造成工事の完了検査を受けて同条二項の規定により検査済証の交付を受けていれば、建設省住宅局長通達(特定行政庁あて昭和三七年二月二七日住発第五六号「宅地造成等規制法の施行に伴う建築基準法の一部改正について」)により、建築基準法八八条及び同法施行令一四二条の規定に適合したものとして取り扱われることになる(右検査済証の写しを建築確認申請書に添付させる。)。しかし、本件土地は、法による宅地造成工事の完了検査を受けていないため、右通達による取扱いを受けることができず、したがって、建築確認に当たり、既存の擁壁に補修を加えて安全性を確保するか、又は、改めて擁壁工事をやり直す必要がある。しかし、既存の擁壁に補修を施す方法は、費用的に難点が多くて採用することができず、むしろ改めて宅地造成工事をやり直し、新たな擁壁を構築して法一二条一項による工事完了検査を受けた上、右通達による取扱いを受ける方法によらざるを得ないが、右工事に要する費用は、相当多額を要するところ、抗告人が依頼した業者の見積金額は値引きして一二〇〇万円である。

(四)  抗告人は、買受け申出に当たり、本件競売事件の物件明細書、現況調査報告書、評価書及び鑑定評価補充書を閲覧しているが、これらには、本件不動産に係る前記法規制に関する記載は何らなく、また、川崎市役所及び川崎市宮前区役所において、本件建物に建築確認がされていることは確認することができたが、その時点においては、本件土地が法一二条一項による工事完了検査を受けていないことを確認することができなかった。

(五)  本件競売事件において、裁判所が定めた最低売却価額四四七二万円(本件土地一二六五万円、本件建物三二〇七万円)は、右の法規制及び検査未了であること等が何ら考慮されておらず、抗告人は、右法規制等を知らずに前記最高価で買受けの申出をした。抗告人は、本件売却許可決定後、右川崎市等の所管部局に照会したところ、法による許可を受けて宅地造成工事を完了させたにもかかわらず、法による工事完了検査が未了である理由は判然とせず、また、現状で建築確認申請があっても、擁壁がそのままでは建築確認をすることはできない旨の回答を得ている。

2 ところで、民事執行法七五条一項は、競売不動産の最高価買受申出人又は買受人が買受けの申出をした後、天災その他自己の責めに帰することができない事由により競売不動産が損傷した場合には、執行裁判所に対し、売却許可決定の取消しの申立てをすることができる旨規定しているところ、右規定の趣旨は、不動産競売手続の特殊性に照らして、民法の危険負担(同法五三四条)及び担保責任(同法五六八条、五七〇条)の例外を設けることによって、不動産競売における最高価買受申出人又は買受人が不測の損害を受けないようこれを保護するものであり、右にいう「損傷」には、物理的損傷ばかりでなく、それ以外の例えば行政上の法規制があるなどの事由により競売不動産の交換価値が低下した場合もこれに含まれ、また、その損傷は買受け申出後に生じたものばかりでなく、買受け申出前に生じていたものでも、その損傷の事実が競売事件記録の物件明細書等に記載されていないなどしていて、これを知らないことにつき、最高価買受申出人又は買受人の責めに帰し得ないときにも、右規定により売却許可決定を取り消すことができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、競売不動産である本件土地は宅地であり、抗告人がこれを右以外の目的に使用することを予定して買受け申出をしたと認めるに足りる証拠はないから、本件土地は、抗告人が自己使用するか、転売を予定しているかにかかわらず、いずれにしても、今後とも、従前通り宅地として使用収益及び処分が継続されるものと考えられ、また、同地上の本件建物は、築後約二五年を経過していること及び競売により取得するものであることからすれば、早晩、新たな住宅に建て替えることが予測されるところである。ところが、本件土地は、宅地造成等規制法の宅地造成工事規制区域内にあり、宅地造成工事が施工されて本件建物が建築されているにもかかわらず、法による宅地造成工事完了の検査を受けていないため、今後、建築物を建築をする場合には、改めて建築確認を受けるための擁壁構築工事の必要があり、抗告人が依頼した業者の見積りではその工事費用が一二〇〇万円と見込まれるのであり、これらの事情が本件不動産の価額を相当程度に低下させるものであることは明らかであるから、本件不動産には民事執行法七五条一項にいう「損傷」があるものと認めるのが相当である。

そして、右損傷は、抗告人による本件不動産の買受け申出前に生じたものであるが、右買受け申出に当たりその存在を知らなかったことは、前記認定の事実からすれば抗告人の責めに帰することができない事情によるものというべきであり、また、右損傷が軽微であるともいえないから、本件については、民事執行法七五条により、本件売却許可決定を取り消すのが相当である。

3  結論

よって、本件執行抗告は理由があるから、これと異なる原決定を取り消した上、本件売却許可決定を取り消すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官櫻井登美雄 裁判官加藤謙一 裁判官杉原則彦)

別紙物件目録<省略>

別紙執行抗告状<省略>

別紙抗告理由書<省略>

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